ご卒業おめでとうございます!(2025年度卒業式?学位記授与式)

2026.03.20

2026年3月20日(金?祝日)、2025年度卒業式?学位記授与式がアゴラ?グローバル プロメテウス?ホールにおいて挙行されました。言語文化学部337名、国際社会学部336名、国際日本学部69名、大学院博士前期課程96名、大学院博士後期課程12名が卒業?修了し、学位が授与されました。

卒業証書授与
博士学位授与
東京外国語大学吹奏楽団及びコールソレイユによる大学歌
祝典曲の演奏
学長式辞
関谷昴東京外語会常任理事による祝辞
毎年恒例の言語?地域等による卒業メッセージ(最後にトビタくんからもメッセージが)
卒業生の言葉(言語文化学部代表?藤江 まどかさん)
卒業生の言葉(国際社会学部代表?川出 航也さん)
卒業生の言葉(国際日本学部代表?水野 笑さん)
たふもにゅで記念写真

学長式辞

春名展生学長

(言語文化学部?国際日本学部の式辞は英語で、国際社会学部の式辞は日本語で行われました)

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ご卒業、誠におめでとうございます。

皆さんは、東京外国語大学での学びを修め、今まさに人生の新たなステージへと踏み出そうとしています。
では、15年後の2040年頃、皆さんは、どこで、どのような姿で、何をしているでしょうか。
この問いに答えるのは容易ではありません。キャリアの途中で複数回の転職を経験することは、今やごく一般的になっています。社会のニーズやビジネスの潮流がめまぐるしく変化していることを思えば、それも当然のことと言えるでしょう。

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21世紀に入ってからの四半世紀で、日本も世界も実に大きく姿を変えました。
2000年、日本では119万人の赤ちゃんが誕生しましたが、昨年の出生数は70万人にまで減少しています。25年間で40%以上の減少です。一方で、同じ期間に在留外国人は168万人から395万人へと、2倍以上に増えています。
35年前の1991年3月、アメリカ合衆国の大統領が演説のなかで次のように述べています。
「今、おぼろげながら新たな世界が出現しつつある……冷戦の膠着状態から解放された国連が、創設者たちの歴史的なビジョンを果たそうとしている世界。自由と人権の尊重が、すべての国々で根付いた世界である。」
これは、イラクが隣国クウェートを侵略?占領したことに対し、国連の授権を受けて42カ国が軍事作戦に参加し、クウェートが解放された直後に発せられたメッセージでした。
今日、私たちが目の当たりにしている戦争は、当時の人々には想像すらできなかったのではないでしょうか。
最後に、人工知能(AI)の急速かつ劇的な発展について触れたいと思います。
私が初めて電子メールアドレスを取得したのは、大学4年生になった1996年4月でした。当時の人々は、主として他者とコミュニケーションをとるために情報技術を使っていました。ところが今では、私たちはITデバイスそのものと対話し、さらには仕事の一部を任せるようになっています。
15年後の2040年、世界は21世紀初頭とは比べものにならないほど大きく変わっている可能性が高いでしょう。

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最近、日本政府は、2040年の就業構造に関する予測を公表し、将来、労働需要と教育との間に深刻なミスマッチが生じる可能性が高いという懸念を表明しました。政府の試算によれば、日本ではAIやロボットを活用する専門人材が約339万人不足する一方で、事務職は約437万人が余剰となる可能性があるとされています。学歴別に見ると、余剰となる労働力の多くが「文系」の教育課程を卒業?修了した人々になると予測されています。具体的には、文系の学士号取得者が約61万人、文系の修士号?博士号取得者が約15万人、労働市場で行き場を失う可能性があるとされています。

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私は、これらの数字を深刻に受け止める必要はないと考えています。皆さんが「余剰」労働力に分類されるとも思っていません。
確かに、労働人口の大幅な減少とAIの急速な発展を踏まえれば、事務職の多くがAIに置き換えられる可能性は高いでしょう。しかし、それは必ずしも文系の学生が就職の機会を失うという意味にはならないはずです。そもそも、東京外国語大学のような人文社会科学系大学の卒業生にとって、事務職が最も自然な進路になると私は考えていません。
電気通信大学の情報学教授であり、副学長を務める坂本真樹さんは、本学の卒業生です。私は、AIを活用した学生対象のビジネス?コンテストで坂本先生とお会いしました。参加者の多くは電気通信大学や東京農工大学の工学部系の学生でしたが、優勝チームを率いていたのは本学の学生でした。本学には情報技術に関心を持つ学生が数多くいますし、私が指導した学生の中にも、現在システムエンジニアとして活躍している人がいます。
今月の初め、本学の同窓会「東京外語会」が主催するイベントに参加しました。そこで、弁理士として活躍している方、あるいは現在、理論物理学の研究に携わっている方など、多様な分野で活躍する卒業生とお会いしました。皆さんは、想像以上に幅広い分野で力を発揮する可能性を秘めているのです。

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私は、理系と文系という二分法そのものを見直すべきだと考えています。たとえば、建築学は理系なのでしょうか。日本の大学では一般的に建築学科は工学部に置かれていますが、理系の学部?学科を持たない東京芸術大学にも「建築科」は存在します。
創造性は、理系か文系かに分類できるものではありません。そして、この創造性こそが、変化と不確実性の時代において最も求められる力です。新たな社会的ニーズに応えるための創造性、そして新しい課題を乗り越えるための創造性です。
新しいアイデアは、一人の人間から出てくることもありますが、多くの場合、多様な背景を持つ人々のアイデアが交わり、融合することを通して形成されていきます。だからこそ、変化の時代において本学の卒業生には大きな強みがあると私は信じています。それは、皆さんが、国境を越えて人々とコミュニケーションをとるための言語能力を持っているからだけではありません。皆さんは、未知のものに向き合い、違いを受け入れる経験を積んできました。皆さんは、外国語や外国の文化を学んできたではありませんか。また、皆さんの多くは、留学して、母国とは異なる環境に身を置いた経験があります。皆さんは、多様性に満ちた環境で、他者と協働する準備ができているのです。
さらに言えば、皆さんは「自ら新しいものを生み出す」経験も持っています。それこそが卒業研究の本質です。自らテーマを設定し、自ら仮説を立て、自ら資料やデータを集め、自らの論を構築する――その一連のプロセスは、まさに創造的な営みそのものです。

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冒頭で投げかけた問いに戻りますと、15年後の自分がどこで何をしているのか、まだはっきりと描けていない方が多いのではないでしょうか。未知の領域へと踏み出す道を切り開くことは、決して容易ではありません。しかし皆さんは、すでにそのための十分な準備を整えています。まったく馴染みのなかった異文化を学んだことは、未知の領域に踏み出してきた経験にほかならないからです。
皆さんは、自分自身のキャリアを切り拓く力を持っているだけでなく、多様な知識や経験を持った人々と出会い、その人々と協力しながら、混迷する世界を前に進める力も身につけているのです。
学ぶということは、単に知識を蓄えることではありません。学ぶということは、未知の世界に向き合う準備でもあります。この一年間、多くの学生や卒業生と語り合うなかで、私自身が深く学んだことです。
これで、皆さんへの最後のメッセージをお伝えしました。人生の次のステージへと進む準備は整ったでしょうか。本日、この学び舎を後にしてから始まる皆さんの新たな探検を、どうか存分に楽しんでください。

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2026年3月20日
東京外国語大学長 春名 展生

学長式辞(大学院)

(スピーチは英語で行われました)

Today we have 108 students graduating from the Graduate School of Global Studies, Tokyo University of Foreign Studies. 96 with a Master of Arts and 12 with a doctorate.

Congratulations on your graduation!

You have acquired solid expertise through long and hard work. The degree you receive today adds credibility to your expertise.

Now that you have come through rigid disciplinary training to acquire certified expertise, I would like to suggest that you should prepare yourself for change. Both society and academia are expected to go through profound changes in the coming years.

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Japan and the world have drastically changed in the first quarter of the 21st century.

In the year 2000, 1,190,000 thousand babies were born in Japan. Last year the number of births fell to 700,000. A drop of more than 40 percent in 25 years. About 640,000 students entered universities in 2025. Because of the rapid decrease of births, this number is estimated to fall to 500,000 in 2040. This shrinkage will have a destructive impact on universities in Japan. It is likely that quite a few universities will shut down in the coming decade.

The rising influence of world-wide university rankings will also have a profound impact on Japanese universities. There were no widely known world rankings at the beginning of this century. The often-quoted ranking by Times Higher Education started in 2004. The QS, Quacquarelli Symonds, ranking split away from Times Higher Education in 2009. These newly invented rankings have forcefully advanced Englishization of research and higher education throughout the world. Japanese universities willing to recruit more students from abroad to make up for the decrease of domestic students cannot stand aloof from this wave of Englishization.

Finally, we cannot overlook the far-reaching impact of the rapid and transformative development of artificial intelligence, AI, nowadays. I remember that I received my first e-mail address in April 1996 when I became a fourth-year student in university. We mainly made use of information technology to communicate with other people back at that time. Today we communicate with IT devices themselves.

We can even make them undertake part of our labor, and that seems to be going on in academia. According to a study published in the journal Science Advances in 2025, traits of assistance from AI were detected in at least 13.5% of biomedical abstracts published in 2024. Depending on AI to write academic papers is a questionable act indeed. However, it is not clear where and how to set the boundary between acceptable practice and malpractice. It is likely that this phase of uncertainty will last for a while.

It is highly likely that higher education and academia in, say, 15 years, will be far more different from how they were at the beginning of the 21st century.

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Let me shortly mention how Japanese society is expected to change in the same time frame. Recently the Government of Japan called attention to the possibility of the emergence of a serious discrepancy between labor demand and education around 2040 by announcing a prediction of the structure of employment of that year. The government estimates that Japan may face a shortage of more than 3 million experts in AI and robotics, whereas over 4 million clerical workers may become redundant. In terms of academic background, the government predicts that a large part of the surplus labor will come from graduates of universities and schools of humanities and social sciences. To be more specific, the government says that 610,000 surplus workers will be BA holders in humanities and social sciences and 150,000 will be MA and PhD holders in the same fields.

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Will this estimation pressure Japanese universities to shutdown schools of humanities and social sciences?

I have no answer, but I do not want to think so. Judging from the substantial decrease of the working population on the one hand and the accelerated development of AI on the other hand, it is likely that a large part of clerical labor will be replaced by AI. But there is no logical link between humanities or social sciences and clerical jobs. Programs in humanities and social sciences are not tailored for training clerical workers. And what you acquired through research in the fields of humanities and social sciences is applicable far wider than in the field of clerical work.

Firstly, you must have enhanced and sharpened your creativity through your research. That is what research is all about. You choose your own topic, set your own hypothesis, collect your own materials, and construct your own argument.

And secondly, all of you are prepared to pave your way through the unknown. You are already experienced with facing the unknown by studying foreign culture, something that was totally unfamiliar to you at the very beginning. Many of you even have experience of placing yourself in an environment different from your home country.

You all hold yet another advantage in the age of radical change and uncertainty. Your openness to foreign culture will remove part of the barriers that impede collaboration across differences. The remaining barrier depends on how you consider your own expertise. You should remember to make use of your expertise as a bridge that connects you with people who are equipped with expertise in different fields, not as a wall that confines you in a narrow field.

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With openness to the unknown, flexibility for collaboration, and creativity, in addition to your expertise, there is nothing to fear about change. You will not have much difficulty in navigating your way through an uncharted expedition. You will find a role for yourself no matter how workplaces will change in either academia or business.

I hope I was successful in reducing your anxiety for the future. If so, I am ready to send you off to the next stage of your life.

Enjoy the uncharted expedition which starts when you leave this campus.

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Nobuo Haruna
President of TUFS

言語文化学部長 祝辞

三宅登之学部長

言語文化学部を卒業される皆さん、ご卒業おめでとうございます。

振り返ってみて、大学生活はいかがでしたか。思えば皆さんの大学生活は、めまぐるしい技術革新の波とともにありました。とりわけ、この数年で急速に普及したものに、生成AIや自動翻訳があります。スマートフォンを取り出せば、外国語の文章は瞬時に翻訳され、会話も機械が助けてくれる時代になりました。そんな時代に「外国語を学ぶ意味はどこにあるのだろうか」という思いがふと頭をよぎったことがある人も、いるかもしれません。

確かにAIは情報を素早く他者に伝えることができます。ただし、人と人が本当に心を通わせるときに必要なことは、情報以外のものにもあります。言いよどみ、沈黙、怒りの抑え方、謝り方、遠慮の仕方などの相手の様子、さらには言葉の背後にある相手の思考様式や価値観の違いに気づき、それらを全てひっくるめて引き受けようとすること。そこに交流の核心があると思います。

そもそも、外国語を学ぶこと自体が、自分自身にとても大きな財産をもたらしてくれるということは、本学で学んできた皆さんには、よくわかっていることだと思います。自分の母語しか理解せず、言葉が異なる人とのやりとりは全てAI任せなんて、あまりにも内向きな発想だと言わざるを得ません。外国語を学ぶことは、その言葉の話者の思考方法や世界の切り取り方があることを知り、同じ目線で考えられるようになるということです。文化や価値観の多様性を知り、異質な物を認め尊重しあう姿勢は、社会に出たあと、地域での関わりや国境を越えた協働の場面で、必ず皆さんを支えてくれるはずです。

言語文化学部での皆さんの学びは、もちろん単なる外国語の修得だけではありませんでした。3、4年次でのゼミを中心に、言語、文学、芸術、思想、宗教といった地域の文化や人びとの生き方を研究してきました。ゼミで読んだ論文の主張を考え、調査で得られたデータの分析に明け暮れ、疑問に頭を抱えながら、頭の中にあるモヤモヤした考えを明晰な文章にまとめることの難しさを実感しつつ、苦労して卒業論文をまとめあげました。すぐに役に立つかどうかだけで測られることの多い、いわゆる「コスパ重視」の社会にあって、大学は、すぐに答えの出ない問いにじっくり向き合うことのできる、貴重な場だったのではないでしょうか。近年、「ネガティブ?ケイパビリティ」の大切さが注目を集めています。「ネガティブ?ケイパビリティ」とは、不確実さや答えのない問題に直面した時に、急いで答えを出そうとせずに、しばらくその状態を受けとめながら乗り越える力です。大学での学び?研究の過程で、解決できない事態が生じた時に、AIに頼って「安易に答えを見つけようとせず、把握しきれない謎をそのまま抱えておくことで、そこから新しい何かをどこまでも汲み取ろうとすること[1]」、これが皆さんが大学生活で身につけた大きな収穫の一つです。皆さんがここで積み重ねてきた思考の時間は、目に見えにくくても、これからの人生のさまざまな場面で必ず力になってくれます。

大学を卒業し、これからの人生、長いですね。ぜひ大きな目標を持ちましょう。中国語に、“不怕路远,只怕志短。[2]”ということわざがあります。「路の遠きを怕れず、只だ志の短きを怕る。」たとえ遠い目標でも、強い志を持っていれば達成できるという意味ですね。

皆さんがこれから歩む道は、決して平坦ではないかもしれませんが、皆さんには、世界を読み解くための「言葉」と、他文化を敬う「心」があります。自信を持って、広い世界へ羽ばたいてください。皆さんの前途を心から祝福して、私からの言葉といたします。

2026年3月20日
言語文化学部長 三宅登之

[1] 谷川嘉浩2025『スマホ時代の哲学【増補改訂版】』 ディスカヴァー携書。
[2] 张毅编著1987『常用谚语词典』上海辞书出版社。

国際社会学部長 祝辞

千葉敏之学部長

皆さん、このたびは御卒業、誠におめでとうございます。

卒業を控えたこの数週間、皆さんは外大での学生生活を振り返り、専攻語の学びや語劇、部活や留学と、取り組んできた様々な活動を思い起こしてきたことでしょう。そうした活動の上位を占めるものとして、異国の言葉を日本語に置き換える、「翻訳」が挙げられるのではないでしょうか。ウルドゥー語を日本語に、モンゴル語を日本語に、ラオス語を日本語に。授業期間中の研究講義棟の午前九時は、あちこちの教室で世界の諸言語をせっせと翻訳する学生たちで満ちています。教室の壁を取り払ってその姿を垣間見ることができたなら、それはとても異様な光景だともいえるし、ある種の感動を覚える情景かもしれません。

その教室空間を、神田、西ヶ原、府中という外大のキャンパス移転を度外視して、時系列に150年分、繋いでみると、外大建学いらいの、「翻訳の機構」ともいうべきおびただしい数の学生の姿が見えてきます。学生だけではありません。外大で教鞭をとった教員、そして卒業生の多くが、翻訳という営みを続けてきました。では、はたして翻訳とは何なのでしょうか。

東京外国語大学出版会はこの冬、本学で学び、本学で教えた総勢37名による翻訳の営みを、『生を見つめる翻訳』と題して一冊の本にまとめました。そこにヒントがありそうです。

イスラエルによるガザ侵攻以降、その訳業に注目が集まる岡真理さんは、外大の学部一年生の頃、奴田原先生から勧められ、パレスチナ難民出身の作家カナファーニーの作品集と出会ったことで、アラブ文学、パレスチナ文学への道を志したといいます。カナファーニーの短編「ガザからの手紙」の翻訳は、なんと大学三年生の時の仕事で、その訳文は活字になりました。岡さんは、語ります。

情報は消費される。英語やアラビア語の動画や記事が瞬時に日本語に翻訳されても、それが単なる「情報」の域にとどまる限り、人間が人間であることの根幹部分を芯から揺るがすことはできない。むしろ人間の頽廃を促すだけだ。だからこそ、「文学」が必要なのだと思う。人間性を凌駕した出来事を、…人間の有限な言葉に翻訳するには、文学という詩的言語による「跳躍」が必要なのだ。学部一年の時に読んだのが、…報道記事ではなく、小説であったからこそ、パレスチナは私の人生そのものになりえたのだと思う(「Man is a Cause―パレスチナとともに生きる」)*

翻訳家で詩人のくぼたのぞみさんは、アパルトヘイトのケープタウンを舞台とした『マイケル?K』で知られる南アフリカの作家ジョン?クッツェーが、2018年に行なった発言を引用しています。

わたしは英語が世界を乗っ取っていくやり方が、好きではありません。英語が進む道の途中でマイナーな言語を押しつぶすやり方が、好きではありません。英語がもっとも普遍的であるかのようなふりをすること、つまり、世界は英語という言語の鏡に映るものであると疑いもしない考えが、好きではありません。英語をめぐるこの状況がネイティブ?スピーカーの中に生み出す傲慢さが、好きではないのです。というわけで、英語という言語のヘゲモニーに抵抗するために、どれほどささやかでも、私は自分にできることをやります(「J?M?クッツェー翻訳の長い旅」)*

クッツェーは英語でものを書く作家であることに注意を向けましょう。また、「英語」とあるのを「国家」、あるいは「大国」と置き換えてみると、その意味がよりはっきりするでしょう。

ラテンアメリカを専門とする翻訳家にして編集者?太田昌国さんは、鼎談のなかで、

日本が近代化150年の過程でモデルにしたのは欧米先進国であり、政治、経済、軍事的には完全にその路線を歩んで現在に至ってしまった、ただ翻訳という文化の中ではその同じ歩みをやってはいけないという風に考えている、ヨーロッパ中心主義の路線にそのまま乗っかかっていては満足する仕事などできるはずもない(「人間の生を問う力の源泉」)*

と語っています。

いまもなお膨大なテクストを翻訳し続ける、イタリア思想研究者?上村忠男氏は、

翻訳作業を行なう場合でも、根底にあって全体を支え導いているのは、あくまで自身のアクチュアルな問題意識である。それに支え導かれながら、まずは着目したテクストを行間まで丹念に読み抜く。そのうえで翻訳作業に取り掛かる。そのようにして、異言語及び異文化の間の「接触ゾーン」をつくり出す。これこそが翻訳者の使命なのではないかと考えている(「オートディタクトの研究手帖」)*

と語ります。

巻頭の対談で、フランス思想研究者?西谷修氏は、外大の存在意義を次のように語っています。

世界は、規定や表現の対象ではなくて、翻訳そのものの対象なんだと。???人間が現にそれで生きている言語を通して、世界のそれぞれの土地や文化へのリスペクトを育てていく自覚が、外大のエリア?スタディーズの要(かなめ)にはあるはずです。世界の多様性を生かすことを教育方針にしている大学って、本当に重要です。そのベースになるのはやっぱり言語ですよね。しかも、その言語を通じた教育研究を、もっとも実践的に体現しているのが「翻訳」です。近代の日本が、世界で特異な位置を占めたことの背景には、まちがいなく翻訳実践があったと思う(「異界の言葉を伝えるヘルメス」)*

最後の部分にある「翻訳」は「東京外国語大学」と置き換えて、私は受け取りたい。

翻訳は、近代日本と歩んできた外大の教育と学問の中核にあるもの。その翻訳とは、作品を解釈して日本語に置き換えることをはるかに超えて、世界の人や社会を支えている、もっとも深い場所にある「何か」を突き止めること、それは「生」を見つめることにほかなりません。このことは、世界が邪悪な狂気に直面する2026年にあっても、人間性を豊かにする確かな道筋であると思います。

本学150年の歴史が紡いできたこの「翻訳」のDNAを、皆さんは外大での学生生活のなかで知らず知らずのうちに身に付けています。皆さんが本学を離れ、それぞれの持ち場で〈世界〉を「翻訳」し続け、それを〈世界〉へと伝えていくこと、そして〈世界〉をより人間らしい場所へと連れ戻すための、小さいながらも着実な力となることを、私は心から願っています。

2026年3月20日
国際社会学部長 千葉敏之

*これらの箇所は、久野量一?千葉敏之?真島一郎編『生を見つめる翻訳―世界の深部をひらいた150年』(東京外国語大学出版会2025年)からの部分引用である。祝辞という性格上、一部を省略し、また主旨を変えない範囲で表現を改めている。

国際日本学部長 祝辞

伊集院郁子学部長

皆さん、ご卒業、おめでとうございます。本日この日を迎えられたご家族をはじめ、これまで学生の歩みを支えてこられたすべての皆さまに、心よりお祝い申し上げます。

卒業生の皆さんにとって、このキャンパスでの日々はどのような時間だったでしょうか。世界各地から集った仲間と同じ教室で学び、議論を交わし、一緒にさまざまな活動に取り組んできました。国際日本学部は、1学年わずか75名の小さな学部ですが、そこには多様な背景や文化、言語をもつ人々が織りなす、豊かな世界が広がっていたはずです。
皆さんは、ここで、自分とは異なる多様な視点があること、自分の価値観だけではこの世界は理解できないことを学びました。それと同時に、違いがあっても、対話を重ねることで互いを理解したり、共感したりできることも学びました。こうした経験は、決してお金で買うことができない、かけがえのない財産として、これからの皆さんを支え続けることでしょう。

留学生の皆さん。皆さんの中には、入学したとき、日本語がわからず不安を抱えている人もいました。しかし今、皆さんは私の話を理解することができますね。慣れ親しんだ場所を離れ、異文化の中で、さまざまな困難を乗り越えてきた皆さんの努力に、心から敬意と拍手を送ります。
ここで、本日ご参加くださった留学生の保護者の皆様にも感謝をお伝えしたいと思います。
To the parents, families, and all who have supported our international students, welcome, and thank you for joining us on this special occasion. Sending your loved ones to study abroad is a remarkable act of courage and trust. During their time here in Japan, they have grown and flourished in many meaningful ways. Today, we celebrate not only their academic achievements, but also the individuals they have become. We also recognize that their journey has been made possible by your unwavering love and support. For this, we extend our deepest gratitude to you.

さて、皆さんがこれから歩んでいく世界は、複雑で混沌としています。答えが見つからないような課題も、数多く存在しています。しかし、そのような時代だからこそ、皆さんのような存在が必要とされています。人との違いを恐れず、また、自分の中にある多様性も大切にしながら、対話を通して人と人、文化と文化、国と国に橋をかけ、少しずつでも世界をつなぎ直していく力。皆さんは、この国際日本学部で、その確かな土台を築き上げました。

その土台の上に、これから何を築いていくかは、皆さん次第です。卒業してからも、学び続け、自分を磨き続けてください。皆さんの未来が豊かな可能性に満ち、希望にあふれるものであることを心より願い、結びの言葉といたします。

2026年3月20日
国際日本学部長 伊集院郁子

大学院総合国際学研究科長 祝辞

藤縄康弘研究科長

本日、修了の日を迎えられた皆さん、そして博士号を授与された皆さん、誠におめでとうございます。心よりお祝いを申し上げます。皆さんは、たゆまぬ努力をもって日々研鑽を重ね、知識を深めてこられました。困難な課題に挑み、目標を達するまで決して諦めなかった努力と成果に深く敬意を表します。
I would like to warmly congratulate all of you who have completed your master's degree or earned a doctorate. You have dedicated many hours to acquiring new knowledge and deepening your studies. I admire your commitment to challenging tasks and never giving up until you have achieved your goal.

本学の学部と大学院の教育課程では、多様な専門分野の領域横断的な教育?研究が行われており、研究対象とする地域は、世界各地に及びます。人文?社会科学分野の規模の小さな大学ではありますが、このような研究分野と研究対象地域の多様性が本学の特徴かつ強みです。そのことは、今ここで題目が紹介された博士論文、そして時間の都合で紹介のできなかった修士論文からも窺い知ることができます。
Tokyo University of Foreign Studies offers research opportunities in numerous disciplines as well as many interdisciplinary programs for both undergraduate and graduate students. The areas and regions that can be studied here span the entire world. This broad and diverse range of research fields and geographical reach are our hallmark and strength, distinguishing us from other institutions and making us unique. This is also evident in your doctoral theses, the titles of which have just been presented individually, as well as in your master's theses, which unfortunately could not be presented due to time constraints.

大学や大学院での教育が、単に知識を増やすだけではないということは、ご承知のとおりです。皆さんが取り組んだ研究は、複雑な問題に対する多角的な視点、批判的な思考力、そして新しいアイデアを生み出す創造性を育むものだったと思います。人文?社会科学の分野においては、物事の本質を見つめ、人間や社会の在り方を問い直す力が特に求められます。皆さんが培ったこれらの力は、実社会においても非常に価値のあるものとなるでしょう。
As you know, a university education is more than just acquiring knowledge. I am convinced that your research has given you a multifaceted perspective on complex problems, critical thinking skills, and the creativity to develop new ideas. In the humanities and social sciences, the ability to grasp the essence of things in order to re-examine the nature of humanity and society is particularly in demand. These skills, which you have acquired with us, will be invaluable to real world, too.

現在、日本の大学における研究?教育においては、ともすれば自然科学分野の、とくに先端科学技術に注目が集まりがちです。しかし近年、世界は急激に変化し、社会が抱える課題もますます複雑になっています。経済格差や社会の分断、戦争と武力紛争、環境問題、多様な文化や価値観の対立といったテーマに対し、私たちは既存の体系や枠組みにとらわれず、新たな解決策を追求する必要があります。それはまさに、「多文化共生に寄与する東京外国語大学」という本学のミッションそのものだと言えるでしょう。皆さんが本学で培った知識と洞察力は、こうした課題に立ち向かうための確かな礎となることを確信しています。
Today, higher education and research are, on the one hand, increasingly focused on natural sciences, especially on cutting-edge research and technology. On the other hand, the world has changed so rapidly that we are confronted with recurring difficulties such as economic inequality, social division, conflicts, wars, environmental disasters, and clashes between various cultures and their underlying values. This makes it all the more important to seek solutions by going beyond established systems and practices. In this regard, I am confident that the knowledge, insight, and skills you have acquired and learned at our university will serve you as a solid basis for tackling and solving these problems.

いまここに大学院を修了される皆さんは、大学や研究機関で研究を続ける、企業や団体に勤務するなど、それぞれの途を歩んで行かれることと思います。これから皆さんが社会の中でさまざまな役割を果たしていく中で、困難に直面することもあるでしょう。しかし本学での研究を通じて得られた視野の広さ、他者を理解し共感する力、そして粘り強く問い続ける姿勢が、皆さんをこれからも支え、導いてくれるはずです。
Now that you have just completed your master's or doctoral studies, your own path begins – whether you will continue your research at universities or research institutions, or work in companies or organizations. In your diverse roles in society, you will probably encounter challenges. But your comprehensive perspective, understanding and empathy, as well as your tireless questioning, which you have gained through your research here at Tokyo University of Foreign Studies, will certainly support and guide you.

本日は誠におめでとうございます。
Many congratulations!

大学院総合国際学研究科長 藤縄康弘
Yasuhiro Fujinawa, Dean of the Graduate School of Global Studies

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