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中国?アフリカサミット(FOCAC)開催

2024/09/17/Tue

 9月5日、中国?アフリカサミット(FOCAC)が北京で開幕した。セネガルのジョマイ=ファイ、南アフリカのラマポサ、コンゴ共和国のサスー=ンゲソ、ナイジェリアのボラ?ティヌブ、タンザニアのサミア?スルフ?ハッサンなど、多数のアフリカ首脳が出席した。  習近平首席は冒頭の演説で、借款、援助、中国企業の投資を含めて今後3年間に500億ドルの資金支援を約束した。これは前回のFOCAC(2021年)で表明された支援額(400億ドル)より多く、前々回(2018年)に表明された支援額(600億ドル)より少ない。中国によるアフリカへの貸付は2016年をピークに急減していたが、2023年にはアフリカ8ヵ国に46.1億ドルの借款を供与し、上向きに転じた。こうした動きを反映しているのであろう。  この間、ザンビアのデフォルトなど、中国の債務が引き起こす危険性について大きな議論があった。とはいえ、ケニアのルト大統領が、今回のサミットに際して、モンバサ?ナイロビ間に建設された鉄道をウガンダまで延伸することは最優先課題のひとつだと述べるなど、アフリカ側からのインフラ建設に向けた中国への期待は依然として強い。  一方、南アフリカのラマポサ大統領は、中国に対して貿易不均衡対策を求めたと報じられている。中国に対する貿易赤字を問題視する国も多い。  FOCACで中国は、グローバルサウスの守護者という立場を打ち出した。習近平主席は挨拶で、「西側のやり方は、発展途上国に深刻な苦しみを与えた。中国とアフリカがともに近代化を追求することで、グローバルサウス全体の進歩がもたらされる」と述べた。西側に抗する南の守護者としての中国、という立ち位置を示したと言える。  今回のFOCACでは、エネルギー転換と安全保障に対する中国の関わりが関心を引いた(6日付ルモンド)。中国は、電気自動車バッテリーでは世界総生産の三分の二、太陽光パネルではそのほとんどを生産し、エネルギー転換関連産業で圧倒的な影響力を持っている。アフリカでの販路も開拓中で、今回のFOCACでは30の適正エネルギープロジェクトを約束したと報じられている。  安全保障面の協力についても、積極的な姿勢を打ち出した。中国は既にジブチに軍基地を建設しているが、アフリカ諸国の軍人6000人、警官1000人を訓練するなど、共同演習、共同パトロールに力を入れる意向を示した。  中国が国連PKOに派遣している部隊の75%はアフリカ向けだし、南北スーダンなどでは中国の民間軍事企業(VSS Security、DeWe Security)が活動している。アフリカで中国人労働者が襲撃される事件も起こっており、自国民の安全確保という要請もあるようだ。米国は、中国がアフリカ西海岸にも軍基地を建設するのではないかと警戒している。  中国は過去20年あまりの間に、アフリカ諸国との間で確固たる政治経済関係を構築した。関係が緊密なだけに摩擦もしばしば生まれるが、重要なパートナーとしての地位を確立したと言えるだろう。(武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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アフリカで競合する「ミドルパワー」

2024/09/16/Mon

 8月30日付ファイナンシャルタイムズ(FT)紙社説は、「ミドルパワー」の競合という観点からアフリカをめぐる国際関係を整理している。  近年、トルコ、ブラジル、ロシアといった「ミドルパワー」がアフリカ諸国への進出を競い、これによってアフリカ側は投資誘致先や戦略的パートナーの選択肢を増やしている。  長年、アフリカ諸国のパートナーは、ヨーロッパの旧宗主国が中心だった。しかし、フランスの例が示すように、旧宗主国の対応はアフリカ側から反感を持たれる結果となっている。  アメリカは冷戦終結後、次第にアフリカとの関係を薄めている。アフリカは遠く、米国内の厳格な反汚職法制のために投資が難しくなっている。米国政府は、アフリカをほぼ安全保障の観点からしか見ていない。  米欧の影響が薄れて空白が生まれ、そこに中国をはじめ、インドや湾岸諸国も含む多くの国々が関与する結果となっている。  アフリカには資源があり、国連でも投票を通じて影響力を行使できる。市場としての魅力が大きく、エネルギー転換のためにコバルト、リチウム、マンガン、銅などの鉱物資源への需要が高まっていることも、アフリカ進出への競争を強める要因となっている。  これはアフリカ側から見れば選択肢の増加だが、危険も無視できない。新興国の投資は、先進国のような厳しい審査プロセスを欠いている。漁業や鉱業部門では中国企業の搾取的な行動が指摘されているし、債務持続性を度外視した貸付や採算に合わない投資などの弊害も無視できない。  さらに、アラブ首長国連邦によるスーダン内戦への介入、ロシアによるアフリカ諸国への傭兵派遣のように、「ミドルパワー」が影響力を高めようとするなかで軍事物資を流し込み、紛争が激化する状況もある。  このFTの社説は、欧米知識人の視点からアフリカをめぐる競合の現状を捉えているが、考えさせられる点も多い。確かに、グローバリゼーションが進むなかでアフリカに生まれた経済機会を最大限活用したのは、「ミドルパワー」の国々だったと言えるだろう。アフリカの投資環境に先進国企業が二の足を踏むなかで、貿易投資関係を顕著に深化させたのは、中国をはじめとする新興国だった。  こうした国々はいわば市場主導でアフリカとの関係を深めてきたのである。しかし、その一方で、紛争や貧困、環境など、市場だけでは対応できない問題が深刻さを増している。こうした問題への対応においてこそ、先進国や国際機関の役割が必要とされるのではないだろうか。(武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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ナミビアにおける8月26日

2024/09/15/Sun

 ナミビアにおいて8月26日は、植民地軍と戦った英雄たちを追悼する日である。国営放送は、国民の祝日でもあるこの日、オシコト県のオムシア?レクリエーション?パークにおいて、数千もの人びとがナミビアの独立と自由のために戦った英雄たちを追悼したことを報道している。  ナミビアは、1884年からドイツ、1920年から南アフリカによる植民地支配を受けていた。1990年の3月に独立を迎えて以来、南アフリカからの独立を目指して最初の戦いが始まった8月26日を国民の祝日「英雄の日」として記念している。  ナミビア軍の最高司令官を務めるムブンバ大統領は、軍事パレードで始まった開会式において、独立闘争中に、キューバ、ロシア、中国、アルジェリア、北欧諸国、国連などの国々から受けた国際支援に感謝の意を示している。また彼は、ナミビアにおけるグリーン経済の好調な発展、ガス田の開発、沖合のオレンジ盆地での石油発見などを指摘し、ナミビア経済について楽観的な見方を示している。  一方、現与党の元となる独立闘争軍に敵対し、南アフリカ植民地政府側についていたヘレロにとっても、この日は特別な日である。ドイツ植民地期の1904年から1908年にかけて、ドイツ軍は先住民のヘレロとナマに対してジェノサイドをおこなった。当時ヘレロを率いていた最高首長のサミュエル?マハレロは、隣国のボツワナに亡命し、客死した。その後、遺体がナミビアの彼の故郷に再埋葬された日が8月26日だった。翌年から彼の墓に参るために、人びとが集まるようになり、今年2024年は第100回目の墓参りの年にあたる。  国をあげて「英雄の日」の式典がオシコト県で開かれる中で、サミュエル?マハレロの墓があるオチョゾンデュパ県のオカハンジャでは、彼の子孫で構成される伝統的権威のマハレロ派が追悼式典を主催し、墓参りをしている。しかし、すべてのヘレロがオカハンジャに集まったわけではない。一部のヘレロはオシコト県での式典に参加しており、さらにマハレロ派に対抗する派閥は別日に式典を開き、墓参りをしている。  毎年8月26日は、それぞれの英雄を追悼し称える日であると同時に、現在の国政の状況ならびにヘレロ内部でのマイクロポリティクスが表層化する日でもある。(宮本佳和) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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アフリカ産油国の危機

2024/09/15/Sun

 8月28日付のファイナンシャルタイムズ紙は、アフリカの産油国に関する興味深い記事を掲載している。  石油価格は2021年以降上昇傾向にあるが、アフリカの多くの産油国は好景気を享受していない。石油価格は2023年には1バレル82ドルに達し、多くの国がベンチマークにおいている65-70ドルを上回った。しかし、アフリカの産油国10ヵ国の貿易黒字は、石油価格が1バレル79ドルだった2010年を下回る水準に留まっている。比較して、非アフリカのOPEC諸国の貿易黒字はより大きく、債務/GDP比率はより低い。  なぜこうした差が生まれるのか。原因のひとつは、主要アフリカ諸国の石油産出量が低下傾向にあることだ。コンゴ?ブラザヴィル、アンゴラ、赤道ギニアは、石油生産量が大幅に低下した。2010年に250万バレルだったナイジェリアの原油生産量は、2023年には150万バレルに低下した。  一方、サウジアラビア、オマーン、ロシア、カザフスタンなど非アフリカのOPECプラス諸国は、生産量を増加させている。イラクでさえ、同じ時期に石油生産量を倍増させている。アフリカ諸国の生産量低下の要因として、長年にわたり適切な投資が行われなかったこと。不適切で時代遅れの法制度、オンショア生産における地域コミュニティとの緊張関係などが挙げられている。  需要サイドの要因としては、アフリカ原油の輸出先の変化がある。シェール革命の結果、米国は2018年に世界最大の産油国になり、アフリカからの原油輸入は大幅に低下した。中国によるアフリカからの原油輸入も、2018~2023年に28%低下した。特にこれは、もともと中国が主要な輸出先だったアルジェリア、アンゴラ、南スーダン、リビアで顕著だった。一方で、中国の非アフリカOPEC+(ロシアを含む)からの原油輸入量は、同じ期間に78%増加した。  ヨーロッパは依然としてアフリカ産原油の重要な輸出先だが、脱炭素計画のために、石油消費量を大きく減らす見込みである。インドは、ロシアからの石油輸入を急増させている。  アフリカにおける石油生産の低下は、世界に影響する。アフリカ政府は歳入減に苦しみ、財政危機はエネルギー転換のための政策執行を難しくするだろう。  悲観的だが興味深い記事である。脱炭素化の流れを受けて、石油依存を減らす必要がある。しかし、アフリカの多くの国にとって、原油はなお最大の輸出品目である。経済危機が深刻化すれば、脱炭素化を進める余裕もなくなってしまう。 (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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ロシアとアフリカ(その3)

2024/09/14/Sat

今回紹介するのは、8月24日の記事で、ルモンド紙によるロシア特集の最終回である。プリゴジンの死後、ワグネルがどのように再編されたのかを国別にまとめている。  プリゴジンの搭乗機が墜落してからわずか一週間の2023年8月31日、モスクワからアフリカ大陸へ飛行機が飛んだ。搭乗者は、国防副大臣のエフクロフ(のIounous-bek Evkourov)と、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)司令官のアンドレイ?アベリヤノフで、プーチンの命を受けていた。ワグネルの再編である。  ポーランド国際問題研究所のレポートでは、プリゴジンが築き上げたワグネルを軍のコントロール下に置くために、その活動をビジネス、プロパガンダ、軍事の3つに分け、国家諜報活動に従事する3つの機関が活動を監督する方針が示された。GRUは主に軍事部門、FSB(ロシア連邦保安庁)はネットワーク?プロパガンダ、SVR(ロシア対外情報庁)は文化戦略を担当するという。  ワグネルの後継組織の特徴は、アフリカ各国で異なる。ブルキナファソでは、2023年11月以降、GRUが作った民間軍事企業のひとつRSBに所属する兵士が到着した。彼らは、「アフリカ部隊」"Africa Corps"と呼ばれる。その主力は、クリミアで組織された「熊」(Bear)部隊である。ただし、この「熊」部隊の兵士約100人は、ウクライナからの攻撃が激化したとの理由で、8月末にブルキナファソを出国した。  ニジェールとの間でもロシアは関係を深めている。ニジェールのラミン?ゼヌ首相、モディ国防相は2024年1月にモスクワを訪問したが、4月10日になって、「アフリカ部隊」の兵士約100人が到着した。  マリでは2023年11月14日に、北部の要所キダルをマリ軍とワグネルが制圧した。マリでは、プリゴジンの死後もワグネルの標章が使い続けられている。しかし、2024年7月には、反政府武装勢力の攻撃を受けて、北部でマリ軍が甚大な被害を被り、ワグネルも84人という前例のない規模の兵士が犠牲になった。  中央アフリカのトゥアデラ政権にとって、ワグネルの支援は不可欠である。2024年3月22日、政府軍はワグネルの助力を得て、北部の要所シド(Sido)を10年ぶりに制圧した。また、6月1日には、首都バンギでプリゴジンの追悼集会が開催された。  ただし、中央アフリカもロシア一辺倒というわけではない。二国間協定に基づいて派兵するルワンダの影響力が強まっているし、トゥアデラは米国の民間軍事企業(Bancroft Global Development)にも接触している。さらに、トゥアデラは、2023年9月以降マクロン仏大統領と2回会談し、フランスの関係を改善している。   スーダンにおけるワグネルの活動は、はほぼ消えた。以前はあからさまにRSFを支援していたが、現状はロジスティクスの支援のみに留めている。内戦でRSFが全土を掌握できないとみると、ロシアは国軍(SAF)との関係にも配慮するようになった。4月28日には、ロシアのボグダノフ外務副大臣がポート?スーダンを訪問し、ブルハン政権を公式に承認する姿勢を示した。ロシアは、紅海への出口確保を最優先に考えている。  リビアにおいてロシアは、トリポリとベンガジを両にらみで対応している。2月22日、ロシアはトリポリの大使館を再開したが、その一方で東部を制圧するハフタル将軍への支援も続けている。ハフタル陣営には、「アフリカ部隊」が送り込まれている。ベンガジは、ロシアのアフリカ戦略上、ロジ面のハブとして利用されており、エフクロフ国防副大臣は、プリゴジンの死後ベンガジを5回訪問した。  この記事は、ロシアがプリゴジンの死後ワグネルを再編し、様々な形で利用しながらアフリカへの食い込みを図っていることを示している。ただし、ロシアだけがアフリカとの関係深化に成功しているというわけでもない。中央アフリカの例に見られるように、フランスとの関係改善を進める例も観察される。アフリカ側も、ロシア、欧米、中国など、様々な外交カードを利用して、自国の地位保全を図っているのだ。 (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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ロシアとアフリカ(その2)

2024/09/13/Fri

 今回紹介するのは、8月23日の特集記事で、ロシアがアフリカ諸国と関係を深めた経緯が説明されている。その中でも興味深いのは、中央アフリカに関するくだりである。記事によれば、フランスが中央アフリカにロシアを紹介し、ロシアはその機会を捉えて中央アフリカとの関係を深めていった。    2017年9月25日、マクロンは中央アフリカのトゥアデラ大統領とエリゼ宮で会談した。マクロンは、トゥアデラに対して、2016年3月にソマリア沿岸でフランス海軍が押収した1500丁のカラシニコフを提供すると提案した。これは、中央アフリカに対するフランスの軍事作戦終了の代替措置のひとつだった。オランド前フランス大統領は、2015年に、中央アフリカ側の反対にもかかわらず、2013年末に始めた軍事作戦(「サンガリス」作戦)の終了を決めていた。  中央アフリカは当時国連の武器禁輸対象国だったので、カラシニコフを提供するには安保理の承認が必要となる。マクロンはトゥアデラに、ロシアを説得しなさいとアドバイスした。2017年10月9日、トゥアデラはソチで、ラブロフ外相と会談した。  トゥアデラは、ロシアにとって上客だった。ラブロフはトゥアデラを厚遇し、軍事協力と鉱山開発のパートナーシップ協定を締結した。2018年1月末には、ロシア空軍のイリューシン76がバンギ空港に軍事物資を運んできた。この時、ワグネルの傭兵数十人も到着している。ワグネルは、この時点ですでにリビア東部のハフタル将軍支配地域に拠点を持っており、スーダンにもその兵士が送られていた。  2018年8月、スーダンのハルツームで、中央アフリカの和平交渉が開催された。この会議を仕切ったのはロシアで、特にワグネルの共同創設者であるプリゴジンとドミトリー?ウトキンが中心的な役割を演じた。中央アフリカの武装勢力が集められ、プリゴジンらは武装勢力の代表それぞれに数万ユーロの現金を配り、「ウィン、ウィンだ」と停戦を促したという。この時、バンギのフランス大使は本省に事態を警告したが、取り合ってもらえなかった。  2020年12月には、ボジゼ前大統領率いる反乱軍が攻勢に転じ、首都バンギに迫ったが、ワグネル部隊がこれを押し戻し、トゥアデラを救った。これを機に、トゥアデラはいっそうワグネルに依存するようになった。  フランスと違って、ロシアは中央アフリカに道徳的な説教をしない。事業を展開し、金やダイヤモンドの採掘、木材伐採、コーヒー、砂糖、さらにビールの生産にも手を付けた。ワグネルは、現地で鉱山企業(Alpha Developpement, Marko Mining)を設立している。金採掘に投資して、生産された金をアラブ首長国連邦(UAE)に密輸している。   この記事では、ワグネルの活動を中心に、中央アフリカ、ロシア関係が辿られている。ワグネルをプリゴジンとともに設立したウトキンには、ナチスの親衛隊の刺青があり、ネオナチと見られていた。こうした人物が和平交渉を取り仕切ったのは、中央アフリカにとって悲劇だった。当然ながら、和平協定はすぐに瓦解し、現在に至るまで、中央アフリカ政府は全土を実効支配できていない。 (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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ロシアとアフリカ(その1)

2024/09/12/Thu

8月22~24日、ルモンド紙にロシア?アフリカ関係に関する特集記事が掲載された。それぞれ読み応えのある内容で、重要な情報が含まれている。以下、3つの記事を順次紹介する。今回は8月22日掲載分の紹介である。(アフリカ出張のため、「今日のアフリカ」更新が遅れたことをお詫びします)  ロシアのアフリカへの接近は、2014年のウクライナ危機(クリミア半島併合)と関連している。西側の制裁のために新たな歳入源を探す必要に迫られ、アフリカの鉱山からの利益に着目した。それ以降、リビア、スーダン、中央アフリカ、サヘルといった地域で関係を深め、地歩を築いてきた。  2019年には、ソチでロシア?アフリカサミットを開催。ウクライナ侵攻後、アフリカ諸国は国連で西側の決議案に棄権、反対の立場を取った。アフリカ諸国の姿勢は必ずしも親ロシアとは説明できないが、西側とそれ以外の国々との間にくさびを打ち込むロシアの思惑を利した。イスラエル?ガザ戦争と、西側のダブルスタンダードも、ロシアを利した。ロシアのパレスチナ支持の姿勢は、特に北アフリカの民衆の間で親ロシア感情を強めている。  ロシア?アフリカ関係を考える上で、旧ソ連時代のアフリカ人による留学は重要な意味を持っている。1960年~1991年の間に、45,500人のサブサハラアフリカ出身の人々がソビエトの様々な大学で勉強した。そのうち5,500人は、パトリス?ルムンバ人民友好大学で学んだ。1960年に設立されたこの大学は、ソ連の対非同盟諸国向け戦略の一環であった。現在のマリではマイガ首相やカマラ国防相のがソビエト留学組だし、リビアのハフタル将軍もソビエトで学んだ。ソビエト留学組は、ロシアにシンパシーを持っている。  中央アフリカ、マリ、ブルキナファソ、ニジェールと、近年仏語圏諸国で急速にロシアの影響力が強まり、フランスでは、アフリカにおけるロシアの戦略を見誤ったという認識が広がっている。今回の特集記事にもそうした問題意識が強く表れている。 (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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プロヴァンス上陸作戦とアフリカ人兵士の貢献

2024/08/16/Fri

 15日、1944年8月15日に南仏プロヴァンスで行われた上陸作戦(ドラグーン作戦)の80周年記念式典が開催された。ドラグーン作戦は、1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦に次ぐ、連合軍の重要な反攻作戦である。式典をめぐる報道では、作戦におけるアフリカ人兵士の役割に焦点が当てられた。  マクロン仏大統領は、ドラグーン作戦のフランス主力軍でトゥーロンやマルセイユの解放に貢献したB軍(後にフランス第一軍となる)が、「最も勇敢で、最も多様な」兵士から構成されていた、と式典の演説で述べた。それに先だって演説したカメルーンのビヤ大統領は、「外国人、アフリカ狙撃兵など、他の人々の貢献なくして、連合軍の勝利はなかった」と述べ、マクロンも「フランスは、コンゴ人、ベナン人、ブルキナファソ、マリ、ニジェールその他の人々の犠牲を忘れない」と返礼した。(15日付ルモンド)  このB軍は25万の兵力を擁していたが、モロッコやアルジェリアの「イスラム教徒」13万人、サブサハラアフリカ出身の「アフリカ狙撃兵」、西インド諸島や太平洋諸島出身兵1万2千人など、旧植民地から膨大な数の兵士が参加した。  フランスの解放にアフリカ人兵士が大きな役割を果たしたことは、解放当初意図的に触れられなかったという。連合軍としては、フランス人の手で祖国解放を成し遂げたというストーリーが必要だったわけである(15日付ルモンド)。80周年式典でアフリカ人兵士の貢献が評価されたのは、もちろん望ましい。しかし、植民地軍に関しては、未だ十分明らかになっていない問題が多々あるようだ。  この点で、1944年12月1日に現セネガルのダカール近郊ティアロワイエ(Thiaroye)の軍基地で起こった蜂起?虐殺事件に関して、7月末にセネガルで起こった論争は興味深い。この事件についてフランスが誤りを認め、元アフリカ人兵士6人の名誉を回復して「フランスのために死す」(Mort pour la France)の称号を与えた。  これに対してセネガルのソンコ首相は、「この悲劇の歴史の一端を、フランスがもはや自分ひとりで決めることはできない」とソーシャルメディアに投稿した。ソンコは、どのアフリカ兵が裏切ったとか、功績があったとか、フランスが一方的に決める話ではない、と主張した(7月28日付ルモンド)。  ソンコはその後、「フランス政府はやり方を見直すべきだ。1944年に冷酷に殺害されたアフリカ人兵士について、その事実をただ認めるだけでは、誰からも賞賛されないし、進歩でもない」とXに書き込んだ(7月31日付ルモンド)。  ティアロワイエの虐殺事件に関しては、以前よりセネガル側から名誉回復要請がなされており、フランス政府はそれに応えたわけである。しかし、ソンコにしてみれば、植民地期の非道に対して、仰々しく「フランスのために死す」という称号を与えるだけで済むと思うなよ、ということだろう。こうした認識は、セネガルの若者に広く共有されている。   植民地や戦争の過去とその記憶は決して消え去らず、様々な機会に繰り返し立ち現れることを、このセネガルの例は示している。  (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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マリ分離主義勢力をウクライナが支援

2024/08/04/Sun

 7月末にマリ北部アルジェリア国境付近で分離主義勢力(CSP-DPA)がマリ軍を急襲し、甚大な被害を与えた。マリ軍に協力するロシア兵(旧ワグネル)が数十人死亡したと報じられている(8月1日付ルモンド)。  分離主義勢力は昨年11月に北部の拠点キダルをマリ軍側に奪還され、劣勢に立たされていた。今回の事件は、彼らが依然としてマリ軍事政権にとっての脅威であることを示している。  今回の攻撃に関して、特に重要と思われるのは次の3点である。  第1に、ウクライナが分離主義勢力を支援したとの情報である。1日付ルモンド紙によれば、ウクライナはマリ北部の分離主義勢力に協力し、情報提供や軍事訓練を行った。ウクライナ軍諜報局(GUR)スポークスマンのAndriy Yusovは、29日、地元テレビでの放送で「ロシアの戦争犯罪者に対する軍事作戦を成功させるよう、必要な情報やそれ以上のものを提供している」と述べて、GURがマリ北部の反乱軍に協力したことを認めた。  反乱軍の指揮官も、ウクライナ諜報部との協力を認めている。CSP-DPA幹部は、「ウクライナとは、ロシアの脅威という点で同じ問題に直面している。ワグネルの能力や作戦について情報交換をしている。ウクライナはそれ以上のことを約束してくれた」と述べた。マリ軍筋の情報では、CSP-DPAのメンバーはウクライナでトレーニングを受け、トンブクトゥ付近でドローン操作について直接指導を受けたという。  マリ軍は数年前からワグネルを利用し、プリゴジンの死後も多数のロシア兵がマリで戦闘に従事している。現在、マリには2000人以上のロシア兵がいるという。アフリカの紛争にロシアが軍事的支援を与え、ウクライナがその対抗勢力を支援する構図は、スーダンと同じである。  第2に、分離主義勢力側の攻撃に、イスラム急進主義勢力GSIM(JNIM)が協力した可能性が高いことである。GSIM側からも今回の攻撃の成果を報じる声明が発出された(1日付けルモンド)。CSP-DPAがキダルを追われた時から、世俗派の分離主義勢力がアルカイダ系のGSIMと協働する可能性は指摘されていたが、それが現実になりつつある。  第3に、ドローンによる攻撃が戦闘の重要部分を占めている。今回、ロシア兵などが大量に殺害されたのは、車列に対するドローンの空襲だった。昨年のキダル攻撃においても、ドローン攻撃が作戦の中心だった。今回の攻撃の後、マリ軍側は、ブルキナファソ軍と協力して「航空作戦」を実施したと発表した(7月31日付ルモンド)。ドローン攻撃に対して、ドローン攻撃で報復したということである。  ロシア?ウクライナ戦争、中東から広がるイスラム急進主義勢力、ドローン兵器の進化など、アフリカの戦争が常にグローバルな動きと連動しながら展開することを、今回の事件は示している。 (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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フランスが西サハラ政策を転換

2024/08/03/Sat

 7月30日、フランスのマクロン大統領はモロッコ国王モハメド6世に書簡を送り、西サハラに対するモロッコの主権を事実上認めた。従来の立場からの政策転換である。書簡の中でマクロンは、モロッコが2007年に提案した、モロッコの主権の下で西サハラの自治を認める構想が「国連安保理の決議に沿った公正、持続的、交渉しうる解決に至る唯一の基盤だ」と表明した。  これは突然の政策転換ではない。米国、スペインが西サハラに対するモロッコの主権を認める立場に転じており、フランスのセジュルネ外相が2月にモロッコを訪問した際も、モロッコの立場に配慮した発言を行っていた。フランス外務省内で準備が進められていたとルモンド紙は報じている(7月30日付)。  これに対して、ポリサリオ戦線は厳しく非難し、ポリサリオ戦線の庇護国アルジェリアは駐仏大使を召還する措置をとった。アルジェリアの措置に対してフランスは、主権国家の決定であり、コメントはないと表明している。   西サハラ問題では国連の場における調停?対話が機能せず、アフリカをめぐる外交に刺さった大きなトゲになっている。欧米諸国はモロッコの主権を認める方向に傾いているが、アルジェリアがポリサリオ戦線の主権を確立する立場を変える見込みはない。昨今の国際情勢の中でパレスチナ問題と連動し、ポリサリオ戦線に同情的なアフリカ諸国が立場を変えることもないだろう。 (武内進一) 東京外国語大学現代アフリカ地域研究センターは、アフリカ人留学生招致のためご寄付をお願いしています。

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