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2009年7月 月次レポート(秋野有紀 ドイツ)

月次レポート(7月)
                                        博士後期課程 秋野有紀

 今月は、ボンの「文化の家」での口頭発表?討論会が2日にわたり行われました。討論会初日が始まる夕方まで「文化の家」においてはドイツの政策関係者?研究者が一堂に集まる対外文化政策関係のシンポジウムがあったため、その分野に関する調査をしている研究者たちは、討論会が始まるまでにすでにほぼ1週間にわたってボンに滞在していました。  
 この「文化の家」には、ドイツとEUの文化政策に関するすべての主要機関の事務所や研究所が集まっています。小さくて目立たないながらも、音楽政策の分野の文献?資料において、ドイツを代表する最高水準の資料館もあります。ボンはかつての西ドイツの首都であり、ベートーベンの生まれ故郷です。
 文化政策研究という領域は、ドイツにおいてもまだそれほど研究手法が確立しているわけではないので、こうした討論会の場を利用して、誰もが自分の方法論を問いにかけ、同じ専門用語を使い、似たような思考回路をもつ数少ない仲間とのディスカッションから次の戦略を練ろうとします。討論会の発表者たちは、あまりにやる気満々なので、「持ち時間15分とA4で1枚のレジュメ」というルールはまったく機能しておらず、討論会の1週間ほど前から、多いときには7枚ものレジュメが毎日メールで届きました。私のレジュメはA4で2枚でした。結局、律儀にA4で1枚のレジュメだったのはひとりだけでした。
 テーゼとして出される政策提言の説得力は、現状を踏まえたうえで何が欠けていて、どのような政策が必要かを分析する一連の流れにかかっています。たとえば、「芸術文化は人々の生活を豊かにするので文化予算がもっと必要です」というのは研究者の発言ではありません。「芸術は批判的に社会を見る能力を人々に媒介するという社会的な意義を持つので、もっと文化予算が必要です」というのも、まだ文化政策的な発言とは認めてもらえません。芸術や文化の社会的意義を強力に擁護する理論を組み立てるのは他の学問領域だからです。もちろんそうした理論の動向は常に追い、反映する必要はあります。しかし、基本的には、例えばある資金の流れが、芸術が人々に到達するまでの施策のうち、特定の経路?効果領域にしか役立っていないという現状の問題を見つけ、その構造を修正する政策を提言するというのが文化政策研究の流れとなります。そのため、調査?研究の時間のほとんどが、現状の問題探しに向けられます。政策提言自体にそれほど大きなオリジナリティが求められるわけではありません。すでに誰かが見つけた問題に対し、政策の国際比較を行い、他国の進歩的な状況から提言を行うこともできますが、そうした場合には、大抵が前提となるべき問題点を包括的に捉えすぎていて、政策が効果的に機能しなかったり、政策が機能する前提条件である社会的政治風土の差異が考慮されていなかったりすることがしばしば起こりました。そのため、近年のドイツでの文化政策研究は再び、問題探しに最大の重点が置かれる傾向にあります。ほとんどは現在話題になっている政策的な問題領域を扱いますが、そこでの問題をもう一度調査によって絞り込むのです。それは2003年以降のドイツにおいて、文化政策を取り巻く環境が様変わりし、従来のやり方では立ち行かなくなったせいでもあります。私の場合も、今のドイツが抱えている問題を扱っているので、日本の抱える問題とは一見関係ないようにみられがちです。しかし、ひとつの場所で問題を発見する分析手法を身につけてしまえば、それはどこにでも応用でき、比較によって「差異」を見つけるよりも、まだ議論に上がっていない新しい「問題」を見つけ、その対処をした方が、結局、社会にも役立つと考えています。現状を緻密に分析することができれば、限られた範囲に向けた施策ではありますが、おのずからその政策提言はオリジナリティのあるものにもなるようです。
 討論会において仲間たちの意欲的で独創的なこうした調査の結果を聞くのを毎年、皆が楽しみにしていて(私などはそのたびにヨーロッパの研究者のバイタリティと自信満々のプレゼン能力とに驚き)、討論は常に勇気付けるような、その人の研究にとって建設的な方向に進みます。教授たちは、出された提案、意見、議題を整理し、発表者に「何が本質的か」を見極め、そのことにだけ従事するようアドバイスをします。休憩時間には、どこの財団の研究補助がもらいやすいか、どこが方針を変えたか、新しく創設されたかなどの情報交換も行われます。そして皆が何かしら有意義なものを得て、元気になって各自の調査場所に戻っていきます。
 次の週には、研究所で「夏祭り」が開催されました。教授陣、新しくスイスからやってきた講師、研究所のスタッフ(総勢20名)、博士候補生が集まり、飲み、食べ、(スポーツ科学部の許可を得て)敷地内でボール遊びをし、夜中の2時ごろに解散しました。

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