2010年3月 月次レポート(石田聖子 イタリア)
月次レポート
(2010年3月、博士後期課程 石田聖子)(派遣先:ボローニャ大学 [イタリア])
今月に入ってもなお数度の降雪、積雪に見舞われるという異常な気候のボローニャでも、春分を過ぎた頃からようやく春の兆しが感じられるようになった。数ヶ月ぶりの陽気に、派遣者も、心からの歓びを感じている。
さて、今月は、1日に、大学院教育改革支援プログラム「高度な言語運用能力に基づく地域研究者養成」の一環として2008年11月にボローニャ、ローマ両大学にて開催されたシンポジウムの講演録集『Giappone e Italia: le arti del dialogo/日本とイタリア―芸術と対話―』(和田忠彦、マッテオ?カザーリ編、I libri di Emil、2010年)の出版報告会がボローニャ大学にて開催された。派遣者にとっては、初めて執筆者として名を連ねる書籍出版物であることに加え、その際の発表内容と経験が現在の留学の直接的な契機となっていることから、大変に晴れがましい思いを抱くとともに、今後の活動に向けての良い刺激剤となった。(シンポジウムの企画や主催、講演録集出版に関わってくださった方々には、この場を借りてお礼を申し上げます。)
今月中旬には後期講義が終了し、現在は、週に一度開催される博士課程在籍者のためのゼミ(日本のゼミと違って純粋なる講義のかたちをとるもの)に出席しながら、自身の論文執筆作業に没頭する日々を送っている。先月に引き続き、現在も、論文の導入部にあたる笑い理論史を執筆中である。笑い理論史に関する専門書は数多くあり、当初は、派遣者の専門に外れ能力に余ることから、この箇所の執筆には若干の躊躇も感じていたが、20世紀における笑いの特質を浮き彫りにしようとする派遣者の論文に説得力をもたせるためにはやはり肝要であると判断した上で、本論との関連で重要と判断される二点(①主体と客体との関係性がいかに捉えられてきたかという点、②前項との関連で、笑いの源泉が何に見出されてきたかという点)に専ら注目して、理論変遷の経緯を追うこととした。今月末に至っては、導入部をいかに締め括り、本論へとスムーズに移行させるかが課題となっている。
論文執筆にあたってはまた、当初より、言語能力はもちろん、イタリア語特有の論理への適応能力が気に掛かってきたが、実際の執筆を進めるにつれ、徐々に馴染んできた感がある。そうなると、むしろ、これまでとは違う角度から自分の考えを照射、検討し直す機会となるため、書くほどに、自分自身で想定していた以上に論旨が明晰になるという不思議に有益な体験をしている。そのような論文経験はまた、生活の場でも大いに役立つことに気付いた。明らかに、以前より、イタリア語やイタリア語論理への理解が深まっており、研究に直接的に関わる専門書ばかりでなく、別の分野の読み物に接する際や、日常の会話の際にも、以前より格段にスムーズに言語処理を行えるようになったと思われ、言語習得を行う際に、インプットと同時にアウトプットも積極的に行うことの有効性を実地に確認している。
しかしながら、とりわけ論文の初稿については、言語チェックをうけおってくれているネイティブ?スピーカーの手と頭をいまだ大いに煩わせているのも事実であり、今後とも、論文作業に精進してあたってゆく必要は、当然ながら、依然として大いにある。