2012年5月 月次レポート(桑山佳子 スイス)
短期派遣EUROPA月次レポート
2012年5月
博士後期課程 桑山佳子
派遣先:スイス?チューリッヒ大学
五月下旬までは、先月に引き続き多和田葉子の博士論文:"Spielzeug und Sprachmagie in der europaeischen Literatur-Eine ethnologischghe Poetologie"の読解を主に続けた。
今回の派遣の最終目的である博士論文では、多和田葉子の翻訳と言語思想が要になる予定である。先月に引き続き報告者が目下注目しているのは、"Spielzeug und Sprachmagie"の第三章を中心に論じられる言語と文字、音の関係である。多和田はこの章で人形がヨーロッパの学問では物として扱われてきたが、人形は社会階層を表す雛人形のように、ある文脈におかれる文字として扱うべきだと論じる。多和田はヨーロッパにおいて言語がそもそもどのように捉えられてきたかを分析しながら論を進めており、多和田自身の言語思想を理解するのに重要な部分である。
多和田の言語思想についてタン先生と議論を重ねる中で、文字と音、文字の物質性に関わる部分の理解は深まったといえる。しかし同時に"Spielzeug und Sprachmagie" の重要なテーマのひとつ、Sprachmagieの理解が不十分ではないかとのご指摘もいただいた。来月は引き続きこの点を整理する予定である。
五月下旬は来月参加させていただくことになったハンブルク大学でのワークショップの準備を行った。ワークショップの詳細は来月の報告で行うことになるが、この準備によって現時点での考えをある程度形にすることができた。
このほか今月チューリッヒでは、谷川俊太郎とスイスの詩人、ユルク?ハルターの"Sprechendes Wasser 話す水" の朗読会が行われた。この作品は谷川とハルターが交互に詩をつなげていく連詩(Kettengedicht)で、谷川が日本語で書き、谷川の日本語がドイツ語に翻訳され、ハルターがこれを受けてドイツ語で書き、谷川に返す、という形をくりかえしながら作品が作られた。翻訳者の一人は2005年までチューリッヒ大学で教えていたエドゥアルト?クロッぺンシュタイン教授で、教授もこの日通訳兼司会として参加していた。"Sprechendes Wasser 話す水" は、翻訳が完全にオリジナルと分離される形ではなく、オリジナルの中にあらかじめ組み込まれて成立している。多和田の作品とはまた違ったかたちで翻訳とオリジナルとが関わる作品であり、この点で興味深かった。
来月は、前述のハンブルクでのワークショップでの発表を行い、また引き続き文献の読解を進める予定である。